高校中退者は“腐ったみかん”じゃない。中退経験者が伝える「逆境からの可能性」とは

辻 和洋
スタディ通信編集部/CFC情報発信チームディレクター

義務教育を受け、高校、大学と進学する。スムーズに学歴のレールに乗って、優良企業に就職する。多くの人が目指す道かもしれない。しかし、いったんそのレールから外れてしまった人はどうだろう。社会の脱落者なのだろうか。

「高校中退」。いじめ、引きこもり、貧困……。様々な背景を抱え、厳しい現実に直面する高校中退者に手を差し伸べる人がいる。

山口真史さん(37)。元高校教師で、中退者支援の学習塾「TOB(とぶ)塾」(兵庫県西宮市)を運営する。彼自身、幼少期に航空機撃墜事件により父を亡くした。その後、ひとり親家庭で育ち、入学した高専からも中退————。しかし、「中退者には、ただ何となく学校に通っているよりも可能性がある」。そう語る山口さんの思いと人生に迫った。

【山口真史(やまぐち・まさし)】引きこもりや不登校、非行、経済的事情などで中等・高等教育のドロップアウトを経験した子どもたちの進学、就労の支援を行う一般社団法人「new-look」代表理事。主に高校中退者の学習支援を行う「TOB塾」塾長。1983年の大韓航空機撃墜事件で父を亡くし、母子家庭で育つ。自身も工業高等専門学校の中退を経験。その後、私立高校社会科教員として担任、学年主任などを歴任した後、2013年に退職し、同法人を設立。奈良県出身。1981年生まれ。

中退者と出会う「夜回り」

「シフケイ(私服警官)ちゃうん?」

夜の街中でたむろする青年たちは、山口さんにそう尋ねた。

「そう見える?」。山口さんは自転車を止めた。

おもむろに胸ポケットから警察手帳を取り出すふりをして、タバコの箱を取り出す。1本のタバコに火をつけ、一服する。

青年たちは驚いた表情を見せた。

「こんな警官おらんやろ」。山口さんは笑って白い息を吐いた。暗闇の空に白い煙がゆらゆらと上がっていく。

声をかけてから15秒。青年たちの表情が和らぐ————。

自転車で駅前、公園、コンビニ、商店街などを見回り、若者を見つけては声をかける。

「中退者にアクセスするのって難しいんです。今の時代、中退者は何を感じ、どんな悩みを抱えているのか。うちの塾に通ってきている塾生だけでは全体像はわからないので、夜回り活動をしています」。

夜に出会う青年たちに本音で話してもらえるよう、警戒心を解くことに最も工夫を凝らしている。

ある女子は家庭での悩みをこぼした。「家で親と喧嘩をした。警察を呼ばれて事情聴取を受けた。喧嘩の発端は親だったのに、大人の意見が正しい、自分の方が悪いんだと扱われる。私は悪くないのになんで家を出なあかんのやろう」

ある子は経済的な困窮を訴えた。「バイトで稼いだお金は全部家に入れている。月5,000円しか使えへん」

山口さんは一通り話を聞き、「必要なら連絡しといで」と言って連絡先を渡した。

山口さんが出会う高校中退者たちの悩みはさまざまだ。家庭、友人関係、仕事、病気……。文科省の調査[i]によると、2016年度の高等学校中途退学者数は4万7,249人。少子化のなかで年々減少基調にあるものの、中途退学率は近年は1.4〜1.7%で推移しており大きな変化はない。むしろ、公的な数値ではないものの、算出方法によっては実質8%という指摘もある[ii]。

退学の理由は、学業の不振や学校生活に馴染めないなどで、背景には貧困の問題も潜んでいる。低学力や対人関係構築に課題があることなども貧困の環境下で生み出され、中退することによってまた貧困が繰り返される実態もあるという。

山口さんはこうした中退者の実情を理解し、支援につなげるために、2013年7月から夜回り活動を開始。月2回は自転車で見回りを続けている。

高専中退、遺族コミュニティ、教師経験——。「中退者への眼差し」を育てた人生

「僕自身、ひとり親家庭で育ち、中退もしている。多くの困難を抱える人に眼差しが向くんですよね」

山口さんの父は1983年9月1日に亡くなった。搭乗していた大韓航空機が領空侵犯したとして、旧ソ連軍の戦闘機にサハリン沖で撃墜されたためだ。日本人28人を含む乗員乗客269人が死亡する大事件だった。当時、山口さんは2歳だった。

母と姉2人と祖母の5人暮らし。父の記憶はない。しかし、それが「普通」だった。特別意識はしてこなかったが、物心がつくと「何でうちにはお父さんがいないの」と母に尋ねた。すると、母は「よそは、よそ」と言って、周りと比べることをやめさせた。なんとなくそれ以上聞いてはいけない気がした。「今振り返ると、母は聞かれるのが辛かったんだと思います」

中学を卒業すると、母の勧めで工業高等専門学校に入学した。入学式が終わった後、クラスで「本気でガンダムを作ります!」と宣言する同級生や、呼応して熱視線を送る他の同級生たちがいた。

「みんな、本気でパソコンやロボットが好きで入学してきていた。僕は何もなかった。来るところ間違ったなと思いました」

高専1年の7月、母に「学校を辞めたい」と告げるも受け入れてもらえなかった。結局、5年制の高専に3年終わりまで通い続けた。その間、やはり馴染めきれず、母と交わした「大学に行く」という条件付きで中退した。「どれもそれなりで。本気でやりたいことが何も見つからなかった」

中退後、既に大学に通っている友人らと遊ぶ日々。しかし、どこかで心の葛藤を抱えていた。「自分は何者か」、「自分と周りの人との違い」、「なりたい自分となれない自分」————。ノートに思いを殴り書きした時もあった。見晴らしのいい道路に座り込み、景色を眺めながら考え込んだこともあった。明確な答えは見つからなかった。

そんな自分に対する問いかけをしながら、受験シーズンになると、本格的に勉強を始め、大学に合格。卒業後は民間企業などを経て、私立高校の教師になった。

高専と大学の在学中は、親を亡くした子どもたちが集まる遺族コミュニティのイベント運営に携わった。山口さん自身は、自分が事件の遺族であることやひとり親家庭であることへの特別な意識はなかったが、こうした場を通じて様々な困難に直面する他の高校生や大学生の存在を知った。

「家に帰ると親が首を吊っていて妹と泣きながら処理をした話、闘病が長い父を看病し続けて疲れ果てていく母の話————。涙をこぼしながら語る人たちにひたすら耳を傾けました。いかに落ち着いてもらえるかを考えて聞いていましたね。あの体験は大きかった」

それ以来、家庭や人間関係など様々な問題で苦しんでいる人々に眼差しが向くようになった。それは、高校教師になってからも変わらなかった。

「出会った先生たちに、『ちゃんと頑張っている子を見てあげないと、クラス運営はなりたたないよ』と言われたことがありました。『腐ったみかんは周りを腐らせる』と周囲に馴染めていないやんちゃな子のことを非難され、“そういうスタンスやねんな”と思い、学校の枠組みの中で教えるのは他の人たちに任せようと思いました」

高専中退、遺族コミュニティ、教師経験————。自らの背景が形づくった子どもたちへの眼差し。2013年4月、教師を辞め、一人で「TOB塾」を立ち上げた。

様々な課題を抱えた塾生が通う「TOB塾」

山口さんらが運営する「TOB塾」は兵庫県西宮市内の住宅街の一角にある。2階建ての一軒家がアットホームな雰囲気を感じさせる。「TOB塾」は、2013年4月、高校中退者の支援を目的に設立。高卒認定試験や大学進学をサポートするほか、スタディツアーやスポーツ大会などの体験学習のイベントも実施している。

塾の名前は、Think Outside the Boxの頭文字を取って命名し、「型にはまるな、自由に飛ぼう」という思いが込められている。塾生自身の自主性を育めるよう、各教科に専門を持った講師がマンツーマンで、それぞれの塾生に合った形で携わっている。

この塾には、16歳から50歳まで約40人の「高校中退者」たちが通う。塾生の状況は千差万別。いじめや人間関係のトラブル、校風が合わない、集団生活に馴染めないなどの理由で高校を中退した人々が学んでいる。

高卒認定を取得して新たな職を得たい人や、高卒認定を得た上で大学進学を目指す人々が多い。中には、子育てしながらステップアップしたいシングルマザーや、長年抱えていた学歴コンプレックスを払拭したいシニア層の社会人もいる。

中退者が抱える「負の感情」

山口さんは、中退者が直面する現実についてこう話す。

「世間は、学歴という指標でしか測ってくれないところはある。仕事も『どうせすぐやめるんでしょ』と思われやすい。やり遂げられなかった欠陥のある人として接する。そして、中退者自身も、それを覆せるだけの後ろ盾もない。そうなってくると、世の中に対する期待を持たなくなりますよね」

中退者にはロールモデルとなるような「先輩」がいない。そのため、いったん中退するとそこから希望を持って進むべき道を見出しにくいという。

「一度高校を失敗している。そうすると、傷つきたくないという思いが強くなり、全てのことを選択しにくくなっている。『何回失敗しても生きていけるよ』と言って気持ちを支える存在が必要なんだけれど、引きこもっていればなおさら誰にもそんなことを言われる機会がない」

中退者は、自身の境遇から芽生える「負の感情」を乗り越え、自らの人生を選ぶ「恐れ」を払拭することが大切だという。

「塾では、各教科の知識を得る以外に、本人が選択したり考えたりする経験を積んでもらっています。場合によっては、毎回授業の初めに『今週で一番面白かったことは何?』と聞き、自分の感情を感じて、主体的に選ぶ行為をしてもらうようなところから始める塾生もいます」

「どうやって生きていきたいの?」。中退者に尋ね続ける問い

こうした様々な課題に直面するなかで、山口さんが塾生に深く尋ね続ける問いがある。

その問いは、

「どうやって生きていきたいの?」

だという。

「中には思うように勉強が進まない塾生がいます。『どうせ自分なんて……』と自尊心が低い子も少なくない。だから、単に勉強を教えているだけではなかなか成長につながらない。心と学びを一緒に考えていく必要があるんです」

だからこそ、山口さんは塾生に何度も深く尋ね続ける。「本当はどうしたいのか」、「どういう人間になりたいのか」、「どうやって生きていきたいのか」————。時には、ホワイドボードに今の思いを書き連ねて心の整理を手伝うこともある。

「学校に通う高校生は『将来、何になりたい?』と聞かれても、なれもしない職業を言ってお茶を濁すことが許される。しかし、同じ問いでも中退者に対する眼差しの強さは違う。ダイレクトに刺さってくる。この時期に、本気で自らのキャリアと向き合うことになる」

何気なくレールに乗った人生を歩んでいる子どもたちとは違う次元で、切実に自らの人生を問い直すことに迫られる。何となく将来像を描くのではない。選択肢がなければ、作り出すことが必要になってくる。理想が高すぎる場合には、現実とうまく折り合いをつけるための話し合いもする。

ゲーマーになりたいという塾生には、「大会に出て賞金を稼ぐゲーマー?ファンを集めて広告で稼ぐYouTuberのようなゲーマー?」と尋ねる。

塾生が「YouTuberかな」と答えると、「じゃあ、来週までにファンを集めている有名なゲーマーのYouTuberを5人挙げて、ファンを集められている理由をそれぞれ3つ挙げるのが宿題な」と伝える。

猟師になりたいという塾生には、「免許がいるな。罠?それとも銃?お金が必要やな。休塾していいからバイトしておいで」とアドバイスする。

塾生が「中退やから、バイト落ちた」と落ち込んでいれば、「中退のせいではないと思うから、履歴書持っておいで」と、再度バイトの面接を受け直すサポートをする。

仮に最初に目指した職業になれなかったとしても、本気になって生きる道を考え、それに向かって学んだからこそ見出せる自分なりのキャリアがあるという。

逆境から見出す中退者の可能性

引きこもりでほとんど家から出られなかった塾生が、建設会社で大工になったり、小売企業の社員になったりして、社会で活躍する姿を見届けてきた。また、ネットいじめによってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患い、活字が読めなくなっていた塾生が、大学進学を目指して予備校に通うまで回復したこともあった。

社会に学歴の壁はある。高卒認定取得を目指し、その先に多くの人と同じように大学進学を目指す子も多い。しかし、高校を中退した者にとって、大学は何となく目指す場所ではない。「周りの学生は『とりあえず入れる大学で』という思いで入学してきているけど、僕は自分の意志で来た自負がある」。そう話す卒塾生もいる。

山口さんはこうした中退者の内省から生まれる「主体性」に可能性を見出す。

「高校中退をフラットに捉えられたら、ただ学校に行くよりも価値のある可能性すらあると考えています。自分自身の人生を自分で選択すること、そのために自分自身と向き合うこと。進んだことに自分で責任をとること、より納得いく人生にするためにどうするか考えること、その中で現れる自分自身の課題と向き合うこと。これらは、与えられ、それなりにこなすだけの人生ではなかなか手に入れることができないことです」

自分の人生を本気で考え、生き方を選ぶ。未成年の段階で主体的にキャリアを選択し、それによって芽生えた自負は、きっとこれからの人生の豊かさにつながる。山口さんはその可能性を信じ、塾生と向き合っている。

「中退は、成長機会として意味がある。本人がうまく修行期間と捉えてくれればいいなと思っています。より実践的で意味のある学びがある。“とりあえずレールに乗っておけ”ではないから、自分で考えて道を切り開く自負が生まれる。しかし、今は周囲からネガティブな眼差しが強く、荷が重くなりすぎている。それを取り除くのが私の仕事ですかね」

「夜の街」での学習支援

「授業料がやはり厳しいので……」。そう言って「TOB塾」への入塾を諦める中退者もいる。そもそも学習意欲が芽生えていない子もいる。塾だけでは手の届かない子たちがいるという現実に歯がゆさを感じつつ、まだリーチできていない中退者と少しでもつながれるよう始めた夜回り活動。その中で学習支援につながったケースもある。

(山口さん提供)

「水商売は一生やる仕事ちゃうから。違う道に進もうってなった時にやっぱり高卒の資格があった方がいいかなと思って」

夜回り活動の中で知り合った人から紹介を受け、ラウンジで働く女性に高卒認定試験の合格を目指して授業をすることになった。山口さんが開店2時間前の午後6時頃に店まで出向き、約1時間半にわたって、ブルーライトが照らす店内のテーブルに国語や数学などのテキストを並べる。

「基本、おもんないけど、やっぱりわかると面白いね」

開店の30分前には終わるようにしているが、延長することもしばしばあった。出勤してくる他のラウンジ嬢が通りすがるなか、山口さんもグラスを並べ、営業の準備を手伝いながら勉強を教えた。女性はこれからの「生き方」を見据え、真剣な眼差しで机に向かっていた。

女性は、資格取得に必要な8科目のうち7科目を合格し、あと一歩のところまで来ているという。

「この女性の場合は店側が経済的な支援をしてくれた。実際は時間と費用をかけて学べる状況、学びたいと思う意欲がある子は多くない。これからどうアプローチしていくかは大きな課題です」

生きていくのに必要なものを獲得できる「学びの場」

高校中退者の学習支援事業を始めてから6年目。山口さんは、高校中退者の就労支援を始めるために、新しく人材紹介事業の免許を取得した。企業と連携し、塾生が働きながら高卒認定を取得できる仕組みを作るなど、新たな学びの支援ができないか模索している。「経済的に余裕がなくても学べるようにできれば、リーチできる子は増えるかもしれない」と話す。

「失敗もできるし、知識も得られるし、世の中や自分の見方にも気づく。TOB塾を生きていくのに必要なものを獲得できる学びの場にしたい。僕はその場の黒子ですね」

山口さんは、若者の心に火をともしつつ、次なる展開を見据えている。

《取材後記》

高校中退者には、厳しい壁が立ちはだかる。家庭に問題を抱え、適切な生活習慣や教育環境が得られず、中退を余儀なくされ、その結果、職業の選択肢が限られ貧困に陥る——。そういったケースも少なくない。

学校現場でも多くの教師が身を粉にして、きめ細やかに多様な生徒たちを支えていることは言うまでもない。しかし、中には中退者を「腐ったみかん」と罵る人がいるほど、中退者の問題について理解が進んでいない現状もある。

そのような中で、山口さんは公教育や福祉の役割、自らの役割を理解した上で、中退者たちが希望を見出せるように手を差し伸べている。しかも、それは単に中退者の学びの支援にとどまらず、自らの「生きる視座」を携えた状態で社会に送り込みたいという彼の強い意志が垣間見える。

未成年の段階から自身のキャリアと向き合うことを余儀なくされた高校中退者に、山口さんは1つの「可能性」を見ている。それは「レール」に乗り、何となく過ごしているだけでは芽生えにくい「自分の道を自分で切り開く自負」だ。そこに発想の新しさがある。

山口さんは自らが行う支援の「守備範囲」に限界を感じつつ、少しずつ手を伸ばし、ピンチをチャンスに変える支援のあり方をひねり出そうと奮闘している。山口さんのように人生をかけて若者の将来と向き合い支援を続ける人たちと、私たちはどう手を取り合うべきなのか、そして社会で中退者をどう支えていくべきなのか。この国の未来を担う若者たちの課題は、決して他人事ではない。

(取材・執筆:辻 和洋)
(写真:久米 凛太郎)


[i]文部科学省初等中等教育局児童生徒課(2018). 平成 28 年度「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(確定値) .

[ii]青砥恭(2013)『ドキュメント 高校中退————いま、貧困がうまれる場所』(筑摩書房)によると、文科省の調査は高校に在籍している全体の生徒数から中退者を割っているため、ある学年が卒業するまでに中退した生徒が何%なのかわからないとの指摘がある。文科省の調査によれば、2016年度の学年別の中途退学数は、1年生1万5830人、2年生1万247人、3年生3619人。1年目に中退する生徒が多く、学年が上がるにつれ中退者が減るため、2、3年目の生徒を合わせて中退者率を算出すると、割合が低くなる。

書いた人:


スタディ通信編集部/CFC情報発信チームディレクター
研究者、ライター・編集者。武蔵野大学グローバル学部非常勤講師。読売新聞社、産業能率大学総合研究所を経て、独立。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(中原淳研究室)。記者時代は東日本大震災発生翌日から宮城県を取材。組織内人材育成に関する教材、書籍を企画・編集。趣味はサッカー、登山。Twitter: @kazuhiro0402