ニュース

クーポン利用者卒業生のいま 「苦学生だけど、希望がある」

west

ビルが立ち並ぶオフィス街で、リクルートスーツが似合う逞しい青年が足早に歩いていた。現在、大学4年生で就職活動の真っただ中のNくん。「働きがいのある仕事を探す手助けをしたい」と、求人紹介や転職支援を行う会社への就職を目指している。

◆貧しかった幼少期

Nくんが3歳の時、父が亡くなった。母は生活保護と事務のパートで生計を立てて、育ててくれた。家庭に余裕があるはずもなく、小学生になって物心がつくと、周りの友達と比べるようになり、「自分の家は貧しい」と実感するようになった。それでも母は、できるだけ自分の好きなことをやらせてくれた。勉強もスポーツも楽しくて、小学1年生から学習塾に通い、3年からはサッカークラブにも入った。しかし、小学4年の時、弟が「塾に行きたい」と言ったのをきっかけに、「僕は塾はいい。辞める」とすっぱり塾を辞めた。「子どもなりに家庭の状況は分かっていた」。自分の本音に反して大人になろうとした。

母は母で、Nくんの気持ちに気付いていた。「子どもの好きなことに思う存分、投資をしてあげられなかった」。経済的な事情で、幼いころから勉強が好きだった自分の子どもに、塾すらも続けさせてあげられなかったことが辛かった。母はNくんが高校一年のときに大腸がんを患った。体の痒さがとまらず、仕事から帰ってくるとすぐに畳に横たわるようになっていた。子ども3人を育て、家事をしながら、毎日夜遅くまで働いてきた。これまでの過労もあってか、長期入院することになった。

hospitals

◆育ててくれた母に恩返しがしたい

Nくんは、母が入院中、弟たちの世話と家事をしながら、学校へ通った。学校から帰り、疲れた体で家事をするのは想像以上に大変で、今まで一人で続けてきた母に感謝の気持ちがこみ上げてきた。「ここまで生活してこられたのは、自分だけの力ではないんだ」。そう強く思った。

「悔しいけど、今の状況ではとても予備校に行く費用を出してあげられへんね・・・」高校3年の時、母は受験生になったNくんに悲しげに話した。闘病生活を乗り越えて退院すると、母はもう仕事に復帰することができない身体になっていた。

そんな時、Nくんは偶然テレビのニュースで、CFCの活動が取り上げられているのを見た。「これがあれば、もしかしたら予備校に通って本気で勉強ができるかもしれない」と、一縷の望みを託し応募した。クーポンの利用者選考の面接では、「将来母に恩返しをしたい」と強く訴えた。想いが通じたのか、審査員全員の一致で、クーポン利用者第一期生に選ばれた。

◆クーポンを使って志望大学に合格

クーポンをもらってからは予備校と自宅で懸命に勉強した。次第に参考書がボロボロになっていった。辛いときはふと、予備校に通えている今の状況を考えた。「全く見ず知らずの人が、自分に寄付をし、応援してくれている」。そう思うと明るい気持ちになり、頑張れた。

大学受験が終わり、合格発表の日。「お母さん、これ」。自宅のポストに、志望校から届いたばかりの大きな封筒を持ちながら、合格通知を母に見せた。何だか照れくさくて、そっけない表情で合格を伝えると、母は「よかったね」と自分の態度に合わせるように、答えてくれた。お互いに表情が緩んでいた。

notices

◆「苦学生だけど、希望がある」

念願の大学生活。生活はやはり楽ではなかった。奨学金で学費を払い、生活費のために週5日間、3つの飲食店のアルバイトをかけ持ちして働く。アルバイトで稼いだお金は、ほとんど母に渡し、少しだけ就職活動のために貯金した。「正直、生活はきついです。けど、今は希望があります」

父の死と母の病気-。決して恵まれた家庭ではなかったけれど、これらの出来事が自分を強くしてくれた。そして、そういう状況の自分に手を差し伸べてくれる人たちがいた。今、就職活動で、会社の採用面接に向かう日々が続いている。「母や寄付をしてくれた方々の支えがあって、自分はやってこられた。立派な社会人になって恩返しするためにも頑張りたい」。Nくんの目線の先には、バリバリ働くビジネスマンの姿があった。

 

子どもたちを支える仲間になってください

毎月1,000円の寄付で子どもたちを継続的に支える「CFCサポート会員」を募集しています。子どもたちが夢に向かって安心して学ぶことができるよう、あなたの力を貸してください。どうぞご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

毎月の寄付で支援