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大震災後の子どもの環境とメンタルヘルス(髙橋聡美/防衛医科大学校医学教育部 教授)

CFCが2015年に発刊した「東日本大震災・被災地子ども教育白書2015」では、様々な専門家から、被災地の今後の課題や必要となる支援について論じていいただきました。

今回は、本白書に寄稿していただいた髙橋聡美教授(防衛医科大学校)によるエッセイをご紹介します。被災した子どもたちの心のサポートを行ってきた髙橋教授は、子どもたちの心の問題は時間の経過とともに顕在化するということを述べており、これは震災から8年となる現在の支援現場で重要なテーマとなっています。ぜひご覧ください。

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1.はじめに

東日本大震災では多くの子どもたちが親を亡くしたり、親が職を失うなどして、経済的ダメージを被った。本白書において所得の低い家庭の子どもが「学校に行かなかった時期があった」「自分には安心して過ごせる居場所がないと感じたことがある」「自殺しようと思ったことがある」と感じていることが示唆された。

私は被災地の遺児たちのサポートをしており、実際、遺児たちは不登校になったケースなどを抱えているが、この調査結果は正直、ショックであった。子どもたちは幾つもの喪失体験をし、今なお、自分の居場所さえおぼつかない状況にいる。災害が子どもたちに与える心理社会的影響は様々な要因が絡み合っていると思われるが、何が子どもたちをこのような状況に追いやっているのだろうか。阪神・淡路大震災、新潟県中越地震の中長期的調査結果なども踏まえて考えてみたい。

2.経済的な問題だけではない震災の子どもへの影響

本白書の第2章で示されているように、震災後、父親の雇用形態が変わったり、収入が全体的に減ったりしていることから、震災前と比べ、子どもたちの生活そのものが大きく変化していることがうかがえる。

親の仕事が変わる理由はいくつか考えられるが、津波被害や原発被害が直接的であった地域ほど就業への影響は大きいことを考えると、震災で貧困に陥っている子どもたちの多くは、津波や原発の脅威に直接さらされた子たちである可能性が高い。子どもたちが「居場所がない」「死にたい」と自身の存在について悩んだり、「学校へ行けない」というような無気力になったりする理由は、経済の問題だけではなく、震災体験によるストレスも視野にいれなければならないだろう。

宮城県教育委員会の平成25年度の調査によれば、「震災の影響もあると思われる」と回答した不登校児童生徒の割合が中学校で9.1%(前年度6.7%)、小学校で11.1%(前年度11.0%)で増加傾向にあると報告されている(※1)。小学生・中学生ともに不登校の理由として「無気力」が上位を占めており、震災によるストレスや経済的ダメージによる無気力が不登校につながっている可能性が考えられる。

また、宮城県内の児童生徒のいじめ・暴力行為・不登校はいずれも増加しており、これらの問題行動は震災の影響であるとも報告されている(※2)。

問題行動の原因が、震災による精神的な問題であるのか、経済的な問題であるのか、それとも社会のサポートの問題であるのかさらなる分析が必要ではあるが、一つ言えることは、どれも相互に作用しており、子ども支援はソーシャルサポート・メンタルサポート・学習支援などが連動しなければ機能しないということであろう。

3.震災後の家庭内の不和が及ぼす問題

震災から約3年後に河北新報が行った宮城県の沿岸自治体15市町にある公立小中学校245校(小学校159校、中学校86校)の校長に対するアンケート調査がある。この調査の結果によれば、校長が現場で感じている震災の影響と思われる具体的な問題は、「家計的に苦しい児童・生徒が増えている」が小中学校ともに最多であった。また、プレハブの仮設住宅暮らしなど住宅事情の劣悪さを示す回答も多く、「家庭学習の場を確保できない」が約5割、「家庭内の問題で精神的ストレスを抱える」が約4割となっている(※3)。

新潟県中越地震7年後に行われた調査でも「夫婦関係と母親のストレス・子どものメンタルヘルスとは関連がある」という結果が出ている。特に「災害後に夫婦関係が悪化したケースは母親のストレスが高く、その子どもも災害時に必要以上におびえる傾向がある」ことが示されている(※4)。夫婦関係の不仲の原因をみてみると夫の仕事が大きな問題として挙げられており、父親の失業や転職は経済的ダメージだけではなく、夫婦の不仲や家庭の崩壊をも引き起こす問題であることがわかる。

本白書第2章で相対的貧困の家庭の子どもたちが家庭での学習時間が少ないことが示されているが、家庭内の不和が子どもの家庭内学習に影響を与えていることも否めない。さらに、通塾率が低いことも加わり学力の低下につながり、不登校になるという悪循環は十分に想定できる。

4.時間の経過とともに顕在化する子どもの心の問題

震災のダメージは肉親や友人などとの死別、家庭環境や経済状況の変化、転校などによる学習・生活環境の変化など多岐にわたるが、家族間の問題は震災から月日が経過するごとに深刻になる傾向にある。

歳月が流れれば様々な問題が解決していくように思えるが、先述の河北新報社の調査でも「震災から時間が経過し、生徒の抱えていたものが表面に出てきたような気がする」「フラッシュバックする子がいる」「避難訓練があると数日間、精神的に不安定になる子がいる」「戦争単元学習で津波を思い出してしまう子など、配慮を必要とする子が多数いる」など、震災後から時間が経過しているにも関わらず事態が深刻化している状況がうかがえる。

それを裏付けるように阪神・淡路大震災、新潟中越地震の調査においても、「心の健康について教育的配慮を必要とする児童生徒の数」や「心のケアにかかわるカウンセリングを受けた児童生徒数」は震災後4年が最も多く、時間の経過とともにこころの問題が顕在化しやすいことが示されている(※5)。

5.子どものレジリエンスを信じて

東日本大震災から5年が経とうとしている今も、荒野と化した故郷や、見慣れた山が痛々しく削られ盛土の施された土地など、被災した子どもたちの多くがあの震災を思い出す風景の中で生活をしている。また、故郷から遠く離れたところでの生活を余儀なくされている子どもたちも大勢いる。彼らが自分自身の心を守るために、不登校という自己防衛を駆使することも、無気力にならざるを得ない状況も私たちは十分に理解したうえで子どもたちのサポートを長いスパンで考えていかなければならないと思う。

経済的なダメージで夫婦仲が悪化し、子どもたちにストレスを与え、それが子どもたちの自己肯定感を下げたり、無気力を引き起こしたりしているなら、奨学金の付与や学習機会を設けるといった学習支援だけでは不十分と言えよう。まずは、子どもたちが安心できる家庭や安全な環境を整え、その基盤の上に学習支援があることで子どもたちの貧困対策・学習支援が成り立つように思う。

子どもたちはあの日以来、多大な喪失体験をしてきた。小さな体でどれだけの痛みを引き受けてきただろう。しかし、子どもたちはただ庇護されるだけの弱い存在ではない。子どもたちの持つレジリエンス(再適応し生きる力)は私たち大人の想像を遥かに超えると私は感じている。私たちは子どもたちの計り知れない可能性を信じ、彼/彼女らが未来を自由に描けるような社会にしていかなければならないと思う。

プロフィール
髙橋聡美(防衛医科大学校医学教育部 教授)

国立精神神経センター等で看護師として勤務後、スウェーデンで2年間精神医療保険に関する調査を行う。
宮城大学看護学科助手、仙台青葉学院精神看護学講師、つくば国際大学医療保健学部看護学科精神看護学教授を経て現職。博士(医学)。


※1 宮城県HP「平成25年度における不登校児童生徒の追跡調査結果の概要について」(2015年9月8日確認)
※2 宮城県HP「平成25年度における児童生徒の問題行動等に関する調査(宮城県分)の結果について」(2015年9月8日確認)
※3 『河北新報』2014年1月1日朝刊「『児童に震災影響』7割 宮城県沿岸小中 本社アンケート」
※4 久保恭子、後藤恭一、宍戸路佳(2013)「新潟中越地震災害が夫婦関係やストレス、子どものメンタルヘルスに与える影響」小児保健研究=The journal of child health 72(6),804-809,2013-11 日本小児保健協会
※5 江澤和雄(2012)「災害後の児童生徒の心のケア」レファレンス 平成24年1月号 国立国会図書館調査及び立法考査局

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