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大災害が与える子どもへの影響(津久井進/弁護士)

CFCが2015年に発刊した「東日本大震災・被災地子ども教育白書2015」では、様々な専門家から、被災地の今後の課題や必要となる支援について論じていいただきました。

今回は、本白書に寄稿していただいた津久井進先生(弁護士)によるエッセイをご紹介します。津久井先生は、幅広い分野で弁護士活動をするほか、災害復興の制度改善や被災者に対する法的支援に取り組んでいらっしゃいます。ぜひご覧ください。

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1.本稿の視点

時代が変わって、「大災害」という事実の受け止め方が進化した。以前は単なる自然現象としてその被害に着目するに過ぎなかった。しかし近時は災害が社会に与えたインパクトや影響など社会現象の側面を含めて捉えるようになった。その歴史的な転機となったのが、1995年1月17日の阪神・淡路大震災であり、飛躍的な深化を遂げたのが2011年3月11日の東日本大震災であった。

大災害が子どもに与えた影響として、どんな点に注目すべきだろうか。直ちに想起されるものとして、①子どもたちが身体・精神・心理などに直接的に被った被害、②家族等の死などによる家庭の生育環境の激変、③学校をはじめ教育現場に及ぼした影響、④地域社会や生活基盤などの喪失による影響などがあり、それぞれポイントは多岐にわたる。しかもいずれも重要な事項ばかりだ。

この点、本稿ではあえて3つの切り口に絞って、検討することとしたい。

第一に、大災害が社会に与える影響の本質。
第二に、子どもの貧困を発生・助長させる側面。
第三に、その課題に対する制度改善。

課題に対して多角的に光を当てることによって、大災害と子どもの貧困との関係性を浮き彫りにしたい。

2.大災害の本質

(1)社会課題の現出化(トレンドの加速化)

大災害は、社会の課題をあぶり出す。たとえば阪神・淡路大震災を例にとると、バブル後の経済破綻の進行が加速して地域全体に貧困をもたらすという負の連鎖の弊害が顕著だった。東日本大震災では、広域かつ大規模な複合災害によって、地方都市の過疎高齢化や経済格差の加速化がクローズアップされた。

こうした社会課題は、災害によって発生したのではなく、平時から存在していた「時代の潮流」(トレンド)である。大災害はその課題を一気に前倒しして明るみに出し、かつ、濃縮した形でくっきりと現出させるという点に特徴がある。もともと表れていた弱点はより一層深まり、隠れていた弱点を露出させ、新たな弱点を創出する。まるで、人間が大病に罹患したときに、もともとあった疾患が増悪し、潜在していた症状が表に出てくるのと似ている。大災害における不変の法則と考えられる。

(2)惨事への便乗

大災害時の人々の行動原理に目を向けると、負の動きも目立つ。大災害が起きると、大多数の人々は、お互いに助け合おうという素朴な心理が働き、困っている弱者に手を差し伸べようとする行動傾向のあることが分かっているが、一方で、為政者らが上から目線で不信や不安を強め、混乱の中で焦って制圧に走り社会にパニックを巻き起こすこと(「エリートパニック(※1)」)も分かっている。

さらに、大災害に便乗して群がるように利益を得ようとする動きも一般的にみられる。たとえば、霞ヶ関の各省庁が東日本大震災の復興予算を被災地と全く関係のない用途に流用しようとした復興予算流用問題がその典型である。

原発事故の除染事業の多くを中央の大手ゼネコンが受注し、被災地に利潤が還元されないということも、事の本質は同一だ。似たような愚行は阪神・淡路大震災のときにも、関東大震災のときにもみられた。こうしたあさましい動きを「惨事便乗型資本主義(※2)」という。結果として、格差を助長し、固定化させることになる。

大災害時に為政者に任せておくのではなく、むしろ人々の民主的・主体的な関わりが強く求められる理由でもある。

(3)「震災バネ」

一方、人間はいかなる場合でも教訓を得て成長する生き物である。震災によって直面した逆境にくじけることなく、これを乗り越え、逆に被災体験をエネルギーに転化しようとする動きが生起する。大災害時に常に目にする現象である。災害を契機に一歩前進いようとし、あるいは、災害によって新たな価値観は創出されるということである。

例えば、東日本大震災をきっかけに、あらたな人生を切り拓いた人々や、数々の価値ある市民活動が発足した。これは動かぬ事実である。この「震災バネ」は、社会が持っている大災害時の回復力である。そして、一人ひとりの視点からみた場合、「震災バネ」を生かすことは、自己価値や自尊心を再発見する機会に恵まれたものであるともいえる。

3.大震災が貧困に及ぼす影響

大震災が社会に及ぼす影響はあらゆる場面に広がるものの、特に「貧困」に対する影響力においてドライブがかかる。災害前に貧困化の傾向が進んでいた者に一気にそれを推し進め、あるいは境界線上に浮沈いていた者を貧困層に決定的に落とし込む契機となる。社会全体のトレンドを現出化させる動きは、社会の弱い部分から先行的に効果をあらわすからである。

阪神・淡路大震災の被災後の神戸市における生活保護受給世帯の割合は、全国と比較すると明らかに高率で推移している。

その要因は多岐にわたるだろうが、大災害の本質との関係で言えば、エリートパニックによって生活再建の動きを押さえつけられやすい層であるとともに、惨事便乗型資本主義が跋扈することによって格差が助長された結果によるものともいえ、自然災害の威力というよりも、人為的にもたらされるところが大きいと言わなければならない。

とりわけ、子どもの貧困に対する影響力は絶大である。なぜか。その理由は、第一に子どもの貧困というトレンドがまさに社会で進行中であり、第二に子どもが社会において受け身の立場にあり災害の影響をもろに被ってしまいやすく、第三に逆境を乗り越える知恵や技術を子どもが持ち合わせておらず、「震災バネ」を直ちに生かしにくい、という点にある。

4.阪神・淡路大震災と子どもたち

阪神・淡路大震災から20年が経過したが、振り返ってみるとやはり震災の影響を大きく受けたのは子どもたちであった。

この分野について残念ながら数値データが見当たらないため、私自身の経験で語ることしかできないが、多数の少年事件を担当して感じたのは、非行に及んだ少年らの背景には震災によって家庭環境が激変し回復できなかったという事情があり、震災による社会資源の減少が少年達の居場所を奪ったという事情があったということだ。私は、「被災に甘んじることなく強く生きる」という強靭さをもてない弱い層がこぼれ落ちて事件に巻き込まれてしまった、という印象を持ち続けている。

また、多数の破産事件を担当したが、子どもを含めた家族の主や主婦らが破産を余儀なくされている例が少なくなかった。破産手続きの当事者は親たちであるが、その影響は子どもたちにも確実に及んでいる。

学力面への影響についても的確な資料が見当たらないが、興味深い統計があり、それは私の感覚とも一致する。その統計とは、神戸市の私立灘高校の東京大学・京都大学の医学部の合格者数の推移である。灘高校は全国的にもトップレベルの進学校で、成績上位者の多くは東大や京大の医学部を目指す。同校は必ずしも貧困層の子どもたちの実相を表したものではないが、被災地の中心に位置し受験者の多くは被災地出身者であるため、一定の震災の影響を受けているはずである。同校の震災を経験した世代の生徒の東大・京大の医学部の合格者数は減少している傾向がみられた。この傾向は、被災地全体の学力状況を反映しているように思える。

いずれも因果関係を証明する事実とは断じられないが、被災地に身を置いたとき、誰もが首肯できる現実感ではなかろうか。

5.東日本大震災における子どもの貧困対策

(1)背景事情

冒頭で紹介した大災害の持つ特性、すなわちトレンドの加速化、惨事便乗の傾向が、東日本大震災では典型的にあらわれた。子どもの貧困の背景には、東北という地域の持つ中央依存的な歴史、過疎高齢化による地域力の減退、日本における格差固定化という大きな流れがあったことは明らかであるし、惨事に便乗した開発主義的傾向が一人ひとりの子どもを大切にする働き掛けの障害になってしまった。

阪神・淡路大震災では、この20年の間に、社会全体の貧困が大きく広がってしまった。また、人的リソースの流出・拡散・紛れ込みによって、「人間」に光を当てる機会が極端に少なくなり、問題が潜伏化してしまった。20年の経過と心ある人々の努力により子どもの貧困に向き合う技術の質は向上したことは確実であるが、量が絶対的に不足している。

こうした問題は、子どもの貧困に向き合う制度そのものにも原因があるだろう。

(2)必要なこと

こうした傾向が分かっている以上、災害時において、子どもを貧困から救い出す手立てが必要である。制度面から見ると3つのポイントがあると考える。

第一に、社会の傾向がどのように変わろうとも不変の「価値」を大事にすることである。具体的に言えば、災害時にこそ、子どもの人権を重視する感覚を研ぎ澄ますことである。憲法理念や子どもの権利条約に定めた諸権利は、人権が危機に陥った大災害の被災地でこそ活用されなければならない。

第二に、子どもたち自身の自己実現と自己決定を中核とする主権意識を育てていくことである。惨事便乗主義を許してしまうのは、社会に無関心な意識と、受け身に慣れきった私たちの弱い自我に一因がある。震災バネを最大限に生かすためには、子どもたちに対するアドボカシーが重要である。それは復興プロセスにおける子どもの意見表明権(子どもの権利条約12条)の実現と言ってもよいだろう。福島県浪江町では、復興計画の策定に当たって、子どもたち一人ひとりにアンケートをとって浪江町復興ビジョン等に反映した(調査対象は小学1年生から中学3年生の1,697人であった。うち1,217人が回答し、回収率は71.7%であった(※3))。こうした試みを徹底的に行うことである。

第三に、子どもを含めた私たちの法リテラシーを高めることである。あらゆる施策には根拠がある。その一つは法制度である。しかし、日本では、本制度は「遵守するもの」であって、「創っていくもの」、「変えていくもの」という意識がほとんどない。その結果、せっかく創った価値ある法制度が放置される結果を招いている。平成24年に成立した「福島原発事故子ども・被災者支援法」はほとんど実行されず、ネグレクト状態にあるが、その状況を問題視する声は小さい。奨学金の給付化、ひとり親世帯への支援の充実、就学支援補助制度の改善など法制度の見直しをすべき事項も多々ある。これらを推進するためには、自ら法制度を創っていく気概と技術を高めていく必要がある。

(3)逆手にとること

災害の持つ本質的特徴を知り、それを逆手にとって取り組むことが、子どもの貧困に抗する有効な手段となる。つまり、平時から社会のトレンドをあるべき方向に向けていく努力は、災害時にこれが加速され、実現することにつながっていく。子どもの貧困対策を絶えず行っていく意味がここにある。

そして、大災害が起きたときこそ、そこに便乗して、あるべき法制度の改善を試みたら良い。ピンチをチャンスに変える、という言葉はこのことを意味しているのだ。

プロフィール
津久井進(弁護士/弁護士法人芦屋西宮市民法律事務所 代表社員)

神戸大卒。阪神・淡路大震災の起きた1995年に神戸弁護士会に登録。阪神・淡路まちづくり支援機構事務局次長、関西学院大学災害復興研究所、日弁連災害復興支援委員会等で災害復興支援の活動に従事。児童養護施設等で子どもの権利の支援にも関わる。


※1 レベッカ・ソルニット(2010)『災害ユートピア』亜紀書房
※2 ナオミ・クライン(2011)『ショックドクトリン』岩波書店
※3 福島県浪江町HP「復興に関する町民アンケートなどの調査結果」(2015年8月24日確認)

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