ニュース

ピアニスト仲道郁代さんインタビュー「音楽の豊かさを、目の前にいる子どもたちと一緒に味わって欲しい」


撮影:CFCスタッフ

子どもの体験奨学金事業「ハロカル」は、スポーツや文化芸術、キャンプなど、子どもたちが「やってみたい!」と思う体験活動に参加できるように「体験奨学金」を提供する取り組みです。現在は、東東京・沖縄・岡山・石巻の4つの地域で、地域に根差して活動するNPOや習い事教室の先生と連携して、一人ひとりの興味関心に寄り添いながら子どもたちを地域の体験の場につないでいます。

このハロカルの取り組みに深く共感し応援してくださった方の一人が、世界的ピアニストの仲道郁代さんです。

国内外の音楽コンクールで多数の受賞歴を持ち、各地で精力的に演奏活動を行われている仲道さんは、同時に、東日本大震災の復興支援としての音楽アウトリーチ活動や、アウトリーチ活動の普及・研究・後進育成など、長年にわたり音楽を通じた社会貢献活動にも真摯に取り組まれてきました。2018年にはご自身が代表理事を務める「一般社団法人音楽がヒラク未来」を設立し、クラシック音楽を通じて社会と向き合う活動を続けています。

今回は、仲道さんにインタビューの機会をいただき、これまでのご自身のご活動や活動を通じて抱き続けてきた想いや信念、そして今後のハロカルへの期待などを伺いました。

※アウトリーチ活動:音楽家が教育施設や福祉施設等に出向いてコンサートやワークショップなどを行う活動

(インタビュー:広報チーム 内藤日香里)

子どもたちにこそ伝えたい「音の向こう側を感じ取ることの豊かさ」

仲道郁代さんは、デビューされて35年以上、プロの演奏家として世界中を飛び回る傍ら、クラシック音楽の魅力や味わい方をより多くの方に伝えるために、クラシック音楽を社会に「ひらく」活動に積極的に取り組んでこられました。

中でもご自身が力を入れてこられたことの一つが、子どもたちに向けた音楽の届け方を考えることだったと言います。その1つが、未就学児の子どもたちが入場できるコンサートです。

当時のクラシックコンサートは、未就学児のお子さんは入場できないものがほとんどでした。けれど幼稚園の頃の娘を見ていて『子どもだってちゃんと集中して聴けるじゃない』って。むしろ何のフィルターもなく驚いたり感動したりできる、その年代にこそ、音楽をぜひホールで聴いてもらいたい。そんな想いから、未就学児が入ることのできるコンサートシリーズが生まれました。

3歳以上の子どもたちが入場できるというこのコンサートでは、クラシックのピアノ演奏だけでなく、物語やスクリーンに投影される絵をきっかけにしながら、子どもたちが音楽から豊かに想像をふくらませられるような工夫をしたのだそうです。そのようなコンサートをはじめ、子どもたちへの仲道さん流の音楽の伝え方を長年試行錯誤されてきました。




(画像)『三井住友海上文化財団ときめくひととき第1007回 仲道郁代 子どもミニコンサート』(2023年12月23日、門川町総合文化会館/宮崎県)

もう一つ、仲道さんが取り組んでこられたのが、各地の公立小学校を訪問するアウトリーチ活動です。

15年ほど前から各地の小学校を訪問してきたという仲道さんは、アウトリーチ活動について学ぶ若手音楽家向けに講演を行ったり、音楽大学と連携してその手法を研究されたりもしてきました。

「義務教育である小学校に音楽家が出向いていくことで、普段クラシックに関心のないお子さんでも、その時間を通じてクラシックに触れてもらえる。」と話す仲道さんは、子どもたちが音楽に触れることの価値をこう話してくださいました。

クラシック音楽を聴くことは、私にとっては先人たちの様々な想いや考えを『音』の中に感じることでもあるんですね。音楽を通して、作曲家の心と演奏者の心と、そして聴いている人たちの心が共鳴するような感覚を持つことができると思うのです。

言葉ではない『音』を聴いて、音の向こう側にどんな想いがあるのだろう、どんなことを伝えてくれているのだろうと、考えて、感じ取ろうとしてみる。それはとても豊かなことなのではないかと私は思ってます。そんな時間を子どもたちと一緒に過ごしたくて、活動を続けてきました。

「音」の向こう側にある想いやメッセージを感じ取る、そんな体験を子どもたちにしてほしいという仲道さんは、子どもたちがさまざまな方法で音楽を味わえるようなワークショップを行っているそうです。

たとえば、ある年に実施した音楽ワークショップでは、音を出さずに“エアピアノ”で演奏をしてみせ、どんな音が聞えてくるかを想像したり、動きや色を選びながら音楽を聴いたり、音楽にある気持ちを想像してみたりしました。

音楽を通じて子どもたちと触れ合う中で、仲道さんが印象的だったというエピソードについてもお話しくださいました。

とてもシンプルな曲を弾いて、この曲は、甘い、辛い、しょっぱい、どんな味がする?と子どもたちに選んでもらったんです。その時、『おばあちゃんの煮っ転がしの味がする』と言った子がいました。

その子にとってはきっと、おばあちゃんと食べた煮っ転がしの思い出、それは懐かしい思い出なのか、少し寂しい思い出なのか、わからないけれども、その子の中にあった大切な思いと、その音楽がリンクしたのではないかなと思ったんです。

音を聴いて何を感じたのかを考えることは、自分の心の中を見つめることに繋がる。そして感じたことを丁寧に言葉にしてみることで、同じ音でも人それぞれに捉え方が違うことにも気がつく。音楽の受け取り方に正解はないからこそ、他の人の感じ方をシェアすることができると言います。


撮影:CFCスタッフ

震災から10年以上向き合い続けてきた七ヶ浜町

仲道さんがアウトリーチ活動を通じて一貫して関わり続けてきたのが、東日本大震災により甚大な被害を受けた宮城県七ヶ浜町の小学校です。

七ヶ浜町は、町の文化拠点である七ヶ浜国際村の開館当初から30年にわたって毎年演奏会を行ってきたという、仲道さんにとって特別な町です。震災発生翌年の2012年からは、町内に3つある小学校の全6年生を対象とした音楽ワークショップを毎年行ってこられました。

仲道さんは、震災当時小学生だった子どもたち全員に、音楽ワークショップの機会を届けられるように「まずは6年間やり切る」と決めたのだと言います。その活動も、今年13年目となり、息の長い活動となりました。




(画像)七ヶ浜町小学校でのアウトリーチの様子(©︎I. Echigoya)

七ヶ浜町でのアウトリーチ活動をスタートした頃は、町の復興も進んでおらず、子どもたちの生活にも震災の影響が色濃く残っていました。

学校の廊下の壁にかかっている絵が、もう真っ黒や灰色で。描いてある家はまっすぐに立っていないんですね。そんな絵が多かったのが、とても印象に残っています。

子どもたちも、一見すると明るく元気にふるまっているものの、実際にワークショップを行う中では胸の痛くなるような言葉が出てくることもあったのだそうです。

震災から10年以上たち、町の復興は進みました。ここ数年で接した子どもたちは、震災当時のことを知らずに育ってきた子どもたちです。「毎年同じ町の小学6年生を見ているので、何となく定点観測をしているような気持ちです」という仲道さんに、最近の子どもたちの様子を見て感じることを伺ってみました。

今の6年生はもう震災当時のことは知らなくて、コロナ禍で友達同士や大人とのふれあいを失った状態で3年間を過ごしてきた子たちなんですね。顔を見られるのが恥ずかしいとマスクを外せない子もいたりして。同じ6年生といえど、子どもたちの様子や社会の環境はどんどん変わっていることを毎年感じますね。

被災した地域の変化を見つめ続け、そこに住む子どもたちと向き合い続けてきた10年間を振り返って何を思うか。仲道さんは言います。

音楽を通じて子どもたちと対話をしていると、この子はこういうことを大切に思っているのかな、こういうことを求めているのかな、と、もちろんこれは想像でしかないのだけれど、子どもたちの言葉が胸にぐっと迫ってくるようなことがたくさんあります。

だからといって何かしてあげられるわけではないけれど、子どもたちが音楽を通して自分の心のうちを言葉にしてくれる、その子どもたちの言葉を大切に受け取りたいといつも思っています。

実際、ワークショップ後に学校の先生と振り返りを行うと、先生方からは「子どもたちが普段なら言わない心のうちを明かしてくれたことに驚いた」といった感想をいただくことが多いのだそうです。

できることを行動に移す。アメリカ生活で受けた洗礼

「アメリカでの経験がなければ、たぶん別な人間になっていたでしょうね。」仲道さんご自身がそうおっしゃるほど、現在の活動のスタンスに大きく影響しているのが、中学生時代のアメリカでの暮らしだったと言います。

移住して驚いたのは、アメリカでは、私の演奏を聴いてくれた方が、『私は今日こんなことがあって、その時の気持ちに今の演奏はぴったりだった』といったように、オープンに自分の気持ちを開示してくれる方がとても多かったことです。

音楽によって感じたり考えたりした心のうちを自然と語り合っているんですね。そんな環境が、すごく素敵だなと思いました。


(画像)アメリカ時代

日本にいた頃は厳しい指導のもとで課題曲に取り組んだりコンクールに出場したりしていたという仲道さんは、アメリカで人前で演奏したときに「演奏の良し悪しをジャッジするのではなく、みんなが純粋に喜んでくれるという感覚があった」と振り返ります。

そして、一度人前で演奏を披露すると様々なところで声をかけられるようになり、中学生だった仲道さんは、地域のお祭りや教会のチャリティイベントなどに参加し、ピアノを演奏するようになりました。

アメリカでは、大人も子どもも街のために自分のできることをしようという感覚を当たり前に持っており、放課後や休みの日に積極的に地域行事や慈善活動に参加していたそうです。

プラグマティズムといって、自分ができることを実際に行動で示すという考え方が、当時その地域に浸透していたのですけれど、たぶん私はこの時にプラグマティズムの洗礼を受けたんだなと。それが、自分にできることがあるのなら、当たり前のように行動に移そうという、私の現在のスタンスに繋がっていると思います。

音楽を通じて自分にできることをしていこう。そのスタンスは、一般社団法人音楽がヒラク未来の設立へとつながったと言います。その主要な事業の一つとして、2019年から新潟県長岡市で若手ピアニストの育成事業を行っています。

私はアメリカでの経験を通じて、ピアノを弾くことが人に喜んでもらえたり、人の役に立ったりすることができるという可能性を感じられたんですね。若い人たちにも、音楽に携わる意味を考えたり、自分なりにできることを見つけようと思えたりするようなきっかけを持っていただけたらいいなと思いました。

この事業ではピアノのマスタークラスを行うのですが、技術を教えるだけでなく、音楽と自分、そして社会との関係を一緒に考えていきます。そして一度参加して終わりではなく、いつでも戻ってきてね、という緩やかなつながりも大切にしています。




(画像)「仲道郁代プロデュース 第5回 三善晃記念 響き合うピアノ」の様子。(2024年2月10、11日、長岡リリックホール/新潟。長岡市芸術文化振興財団と音楽がヒラク未来の協働事業で、4日間の工程で行われている)

子どもたちに「心豊かな音楽」と出会ってほしい

音楽の魅力を丁寧に届けたい。音楽を通じて自分にできることをしていきたい。そんな想いを抱きながら長年活動に取り組んできた仲道さん。CFCが音楽や芸術をはじめとした「体験格差」の解消をめざして取り組んでいるハロカルにも、深い共感を示してくださいました。

子どもたちが音楽や様々な体験をするきっかけを作ること、そして興味を持った時にきちんと続けられる環境を作ること、どちらもとても大切なことですよね。その子が(体験して)触れるきっかけがなければ、そもそも何かに興味を持つことにも繋がらないのですから。

子どもたちがいろいろなことを学んだり、体験できたりするきっかけを作る、その1つのあり方として、ハロカルという取り組みは素晴らしいし、必要なことだと思います。

私たちがハロカルに取り組むうえで大切にしていることの1つには、「地域が主体となって子どもたちを見守り、体験を後押しする」ということがあります。

仲道さんは、長年にわたって地域に寄り添いながら活動を続けてきたご自身の経験からも「1つの地域の様々な状況を知り、その地域の大人たちの話も伺いながら、子どもたち一人ひとりと丁寧に向き合っていくことが大切」だと強調しました。

活動する地域を広げることを目標にしてしまうと、どうしても既にあるプログラムを同じように展開すればいいと、できているものの押し付けで終わってしまうような気がして。せっかくの取り組みなのだから、パターン化ではなく、目の前の子どもたちにきちんと届けられるということを目指していきたいですよね。

私自身、目の前の子どもたち一人ひとりと丁寧に向き合いたいので、活動をどんどん広げていきたいという思いはあまり持っていないんですね。

子どもたち一人ひとりがどんな興味関心を持っているのか、細やかに見てあげられる大人がいることで、より実りある活動につながるのではないでしょうか。

子どもたち一人ひとりの興味関心と丁寧に向き合っていく。そのためにも、地域に根差し想いを持って活動する大人たちとの連携が欠かせません。

とりわけハロカルにおいては、子どもたちの一番近くで音楽との出会いを支える存在として、地域で活動する音楽家や音楽教室の先生方の役割はとても大きいものだと思います。

では、子どもたちが豊かな音楽と出会うきっかけを作るうえで、地域の音楽教室ができることは何でしょうか。

仲道さんは「ご縁のあったお子さんとしっかり向き合ってくださること。大切なことはこれに尽きると思います。」とお話くださいました。そして、習い事として技術を教えることも必要ですが、それは音楽の魅力を伝えることとイコールではない、と言います。

ある作品と向き合った時、私にはこんな気持ちが聞こえてくるとか、こんなことを想像できるねとか、そんなふうに音楽の味わい方を共有していただけたらいいなと思います。

目の前にいるお子さんと『音楽っていいね』という気持ちを100%シェアできたら、それはお子さんにとってもすごく豊かなことですよね。こんな練習をこのくらい頑張ったらピアノが上手くなるとか、そういうことだけではなくて。

せっかく音楽と出会い、音楽を始めるきっかけを得られたのなら、音楽を生活の中に持つことがどんなに素敵なことか、音楽と出会えてよかったなと心から思えるような体験になったら、素晴らしいことだなと私は思います。


(画像)子どもたちを見守る地域の音楽教室の先生たち ©Tatsuya Suzuki

仲道さんは最後に、これから音楽をはじめたいと思う子どもたちには「音楽から、自分なりに豊かなものを見つけてみてほしい」とお話しくださいました。

音楽を習う時には、もちろん時には乗り越えなくてはならないこともあって、楽しい!と思えることばかりではないかもしれません。けれど、音楽の中には様々な想いや、いろんな人が生きてきた歴史など、たくさんの発見をすることができると思うんです。それを自分なりに見つけ出すことができたら、きっと心が震えるような、豊かな気持ちになれる。

これから音楽と出会う子どもたちにはぜひ、そんな気持ちを味わってもらえたら嬉しいなと思います。

■プロフィール:仲道郁代


©︎Tomoko Hidaki

日本で最も求められ続けているピアニストの一人。音楽から神聖さ、親密さを見出してパーソナルなピアノの音として立ち上らせる独特の演奏スタイルは多くの共感を得ている。

仲道はデビュー以来35年以上にわたって常に高い人気を保ち続けている稀有な存在である。日本では全国各地で彼女のコンサートを望む声を受け続け、延べ2500回を超えるリサイタルを実施してきた。十代の頃にアメリカ・ミシガン州に住み、またミュンヘンで学んだことが彼女の音楽観に深い影響を与えているが、細やかさや繊細さ、他者との深い共感性を同時に持ち合わせているところが、彼女のピアノの魅力の一つとなっている。

オーケストラとの共演も多く、サラステ指揮フィンランド放送交響楽団、マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団、ズッカーマン指揮イギリス室内管弦楽団 (ECO)、フリューベック・デ・ブルゴス指揮ベルリン放送交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団などのソリストとして迎えられ、高い評価を得た。

仲道は演奏活動の初期より一貫して社会的な活動にも関心を持ち続けてきた。特に東日本大震災で被災した宮城県七ヶ浜町における子供達へのアウトリーチ活動は町との繋がりを深めて継続して行われており、NHK「おはよう日本」「ニュースウオッチ9」等でも取り上げられ反響を呼んだ。2018年には自身が代表となる一般社団法人音楽がヒラク未来を設立。これまでの活動が評価され、令和3年度文化庁長官表彰を受けた。

日本音楽コンクール第1位、ジュネーヴ国際音楽コンクール最高位、メンデルスゾーン・コンクール第1位メンデルスゾーン賞、エリザベート王妃国際音楽コンクール第5位他、受賞歴多数。一般社団法人音楽がヒラク未来代表理事、一般財団法人地域創造理事、桐朋学園大学教授、大阪音楽大学 特任教授。オフィシャルウェブサイト

コンサート情報
仲道さんの近年の活動として最も注目される「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」。仲道さん自身の演奏哲学が反映された全20のプログラムは春と秋の二つのシリーズからなり、それぞれ全国で開催され好評を博しています(2021年秋に行われた当シリーズの「幻想曲の模様」公演は、令和3年度文化庁芸術祭「大賞」を受賞)。7年目となる2024年の春のシリーズは「夢は何処へ」と題され、2024年6月2日(日)サントリーホールの他、全国4会場で開催されます(詳細)。