地域の大人と協力して子どもを体験機会につなぐ。長野市「みらいハッ!ケンプロジェクト」地域コーディネーターとは?【座談会レポート】
写真左から、地域コーディネーターの皆さんとCFC西山(以下、全て撮影:丸太平)
CFCでは、昨年9月から、長野市の全小中学生を対象に「体験」に利用できるクーポンを支給し、子どもたちの体験機会を保障する協働事業「みらいハッ!ケンプロジェクト」の運営事務局を担っています。
今年度は、9月から体験プログラムを提供していただける地域の事業者(参画パートナー)の募集を開始し、11月1日から1月31日までをクーポンの利用期間としました。現在までに、約800の参画パートナーが体験プログラムを提供し、13,120人の子どもたちがクーポンを利用して体験プログラムに参加しました。
「みらいハッ!ケンプロジェクト」の大きな特徴の1つが、子どもたちと体験の場をつなぐ「地域コーディネーター」の存在です。
地域コーディネーターの役割は、子どもたちが様々な選択肢の中から、自分の興味関心のある体験を選んでクーポンを利用できるような環境を整備すること。たとえば、市内で活動する企業やNPO、福祉施設などに声をかけてクーポンの利用先としての登録を促したり、長野市ならではの特色を活かした新たな体験プログラムの開発をサポートしたりします。
今回、そんな地域コーディネーターの皆さんとの座談会を開催し、地域コーディネーターの意義や活動を通じた実感等についてお話しいただきました!
阿部今日子さん(特定非営利活動法人長野県NPOセンター)
石坂みどりさん(特定非営利活動法人長野県NPOセンター)
九里美綺さん(合同会社キキ)
石黒繭子さん(株式会社ククリテ)
山本大輔さん
■地域のモノ・コト・ヒトをつなぎ合わせる
事業がスタートしたタイミングで、最初に地域コーディネーターとして名乗りを上げてくださったのが、特定非営利活動法人長野県NPOセンター(以下、NPOセンター)の阿部今日子さんと石坂みどりさんです。
(写真)長野県NPOセンターの阿部さん(左)、石坂さん(右)。NPOなどの市民活動や地域活動の活性化を支援されています。「みらいハッ!ケンプロジェクト」でも、NPOや地域のボランティアに体験プログラムの提供を呼びかけたり、新たなプログラムの開発をサポートしたりしていただきました。
私たち中間支援組織というのは、いろいろなモノ・コト・ヒトを繋ぎ合わせていくのが基本的なお仕事なので、(みらいハッ!ケンプロジェクトは)すごく合致してるお仕事だから、是非やってみたいよねって。スタッフもすごく協力してくれて、法人一丸となってやっている感じです。(阿部)
「体験は、キャリア形成や人格形成の種だと思うので。そこをもっとみんなができるようにしたいなと思って。」と話す石坂さん。
若者の支援をしていても、幼少期を聞くと体験の機会を得られなかったという人がすごくいるなと思って。置かれている環境によって体験機会を持てないというのではなく、困難がある子であっても(やりたいことを)選んでできるようになるといいなと思って、それでこの事業に入らせていただいています。(石坂)
(写真)NPOセンターで引きこもり等様々な困難を抱える方々の就労準備支援事業を担当する石坂さんは、「カウンセリングやキャリア支援を行うなかで、体験を通じて自己理解を深めたり、自分のやりたいことを考えるきっかけを得たりすることがとても重要だと感じていました」と言います。
■子どもたちがまちの大人と出会う機会を作る
これまでに子どもの支援に直接関わったことはなかったんです。でも、これまでにやってきた仕事を振り返ったとき、まちの大人たちが、子どもたちに何かを提供する機会がもっとあってもいいんじゃないかと感じたんですよね。
合同会社キキ代表の九里美綺さんは、地域コーディネーターとして参画することを決めた理由をこう話してくれました。
(写真)合同会社キキ 代表 九里さん。長野県立大学大学院に在籍中の九里さんは、大学3年時に若者向けシェアハウス事業立ち上げと同時に起業。現在、シェアハウス運営のほかにも、長期実践型インターンシップの事業等を行い、学生や若者のキャリア教育等に携わっています。
そんな九里さんは、学生のインターンシップのコーディネートをしている中で、まちの大人たちが自分たちの経験を若い世代に伝えたり、若者と交流したりする機会がもっとあってもよいのではないかと感じたと言います。
その延長で、もうちょっと(年齢が下の)子どもたちにも仕事を体験してもらう機会があったらいいと思ったし、子どもたちにとっても、親や先生以外のまちの大人と知り合う機会を作れるんじゃないかと感じて。それで、(地域コーディネーターを)やりますって。(九里)
■障害のある子も不登校・引きこもりの子も、すべての子どもに体験が行き渡るように
「みらいハッ!ケンプロジェクト」には、バックグラウンドも専門性も様々な方が地域コーディネーターとして参画しています。その中でも共通するのが、これまで体験の場にアクセスしづらかった子どもたちが参加できるようにしたいという想いです。
(写真)株式会社ククリテ 代表 石黒さん。長年障害者福祉に携わり、前職のNPOでも障害児向けの施設の立ち上げや運営を担っていました。
全ての小中学生が対象というなら、その中には障害のある子とかも含まれるわけで、その子たちが(クーポンを)使えないんだったら意味がないよねって。(地域コーディネーターとして声をかけられた時)その子たちが使えるようにサポートする役目ならと。
そう話すのは、株式会社ククリテ代表の石黒繭子さん。
石黒さんは、「みらいハッ!ケンプロジェクト」が長野市内でスタートした際にも、特別支援学校の子どもたちにチラシを配布してもらえるように現場の先生に依頼したり、障害のある子どもたちを受け入れられる体験プログラムを開拓したりと、精力的に働きかけてきました。
これまで障害のある子どもと関わりがなかったような、個人でハンドクラフトされている方とかにも「障害のある子がやりたいって言ったら対応できますか」みたいなことを、いちいち聞いて回って。でも結構みなさん「やったことないけど全然いいですよ」ってオッケーしてくださるんですよ。(石黒)
阿部さんや石坂さんも、NPOやフリースクール、子どもの居場所などにアプローチを続けてきました。
日頃からNPOの中間支援を行っている阿部さんは、「みらいハッ!ケンプロジェクト」は子どもたちのための取り組みであると同時に、普段地域で活動しているNPOにとっても価値のある取り組みだと言います。
NPOとかフリースクールとか、取り組みにすごく共感してくれるので、どうしたらできるかのサポートも含めてやってます。
やっぱりNPOの活動って外から見えにくいものが多くて、いい活動をしているのに、まだまだその価値が知られていないんですよね。
だからこそ、「みらいハッ!ケンプロジェクト」みたいな市の枠組みに乗っかって、自分たちが地域の子どもたちに何か提供できる機会があるっていうのは、NPOにとってもすごくありがたいことじゃないかと思います。(阿部)
(写真)体験プログラムを提供してくださったフリースクールでは、プロの芸術家を招いて子どもたち向けのアートプログラムを実施
石坂さんは、不登校などの困難を抱える子どもたちの居場所にアプローチをする中で、子どもたちを体験機会とつながることができるように試行錯誤してくれる方が多かったと話します。
ある居場所では、スタッフが施設に来ている子どもと一緒にネットを見ながら何がやりたいかを探す手伝いをしたり、親御さん向けに利用手続きのための勉強会を企画したりしてくれて、困難がある子たちに体験を届けるために積極的に動いてくださいました。(石坂)
長年、若者向けのソーシャルワークやキャリア教育に関わり、現在はフリーランスとして子どものキャリア教育支援を行っている山本大輔さんも、長野市内の大手教育企業にプログラム提供を提案した際、担当者が「みらいハッ!ケンプロジェクト」に共感し、体験にアクセスしづらい子どもたちのために何ができるかを真剣に考えてくださったと言います。
「たとえば引きこもりの子どもたちのような、うちの教室に普段接点がない子どもたちにも、これを機に価値あることを提供してあげたい。一緒に考えてもらえないだろうか」と話してくださったんです。
この事業の趣旨をちゃんと理解してくださっているんだと感じましたし、意識を高く持って参画してくださっている様子に嬉しくなりました。(山本)
■地域間にある「体験格差」
一方、現地で事業を推進する中で見えてきた課題もありました。
とりわけ大きいのが、市街地と山間部との間で体験プログラムの選択肢に差があったり、市街地に出て行くための交通費負担があったりするという課題です。
現状では、まだ市内満遍なくという風にはできてないですね。そもそも山間部だと体験プログラムを提供できる事業者の数が少なかったり、開催できる場所が限られていたりもするから、結局そこに住む子たちは市街地に出て行かなきゃいけない。(阿部)
親の送迎が難しい子たちは公共交通機関を使って市街地に出て行かなきゃいけないけど、それだけで往復1000円とか2000円かかっちゃう子もいますからね。(石坂)
こうした長野市内の地域間格差の問題について、現在、次年度に向けて長野市とも協議を進めています。具体的には、複数の体験プログラムを集めて一日で様々なプログラムに参加できるようなイベントを各地域別に実施するなどが検討されています。
山間地域をキャラバンで回れば、いろいろなプログラムをその場でいっぺんに見て回れますよね。あとは、フェスのように開催日を定めて、この地区ではこんなプログラム、この地区ではこんなプログラムと決めて、巡回バスで回れるようにするとか。夏休みなどの長期休みにあわせて実施できたらすごくいいですよね。(石黒)
(写真)地域コーディネーターが県立長野図書館で主催した体験イベントの様子
もう一つの鍵となるのが、公民館や福祉施設といった公共施設の活用です。
ブロックごとに拠点がある公民館や児童館などの協力を得られたら、すごく可能性があるなって。生涯学習としていろいろな講座を企画したりサークル活動をしていたりする地域の大人がたくさんいるので、そういう方たちを巻き込むことで、子どもたちに提供できる選択肢も増えるかもしれない。(石坂)
体験プログラムを開催したくても、ちょうどよい開催場所がないという話も聞くので、「みらいハッ!ケンプロジェクト」で利用する場合に無料または安価で利用できるとか、優先的に予約できるとか、そんな形で連携が取れるといいですよね。(阿部)
■まちの企業が乗っかることで生まれるつながり
また、アクセスのよいエリアにある施設をプログラム実施場所として貸し出してもらうなど、地元企業との連携をより深めていくことも重要です。
参画のしかたも体験プログラムの提供だけに限るのではなくて、たとえば場所を貸すよとかイベントに協賛するよとか、そういう参画のしかたもあると裾野が広がりそう。(石黒)
九里さんは地元企業を中心に体験プログラムの提供を働きかけていく中で「こういう機会に乗っかることで、色んな人たちが子どもと関わることができるよね」といった前向きな声を多くいただいたと言います。
たとえば印刷会社の方は活版印刷の名刺づくり体験とか、結婚式場の方はケーキの飾り付けやウェディングドレスのコーディネート体験とか。
今年度は難しいけど、来年度は絶対参加するよと言ってくださる企業さんも多くて。多くの企業さんがいい仕組みだね、ってポジティブな反応を示してくださいます。
多分企業側や地域の大人としての立場で、地域に貢献したり、自分たちの業界のことを知ってもらいたいという思いがあるんだと思いました。(九里)
普段子どもたちと関わりのない大人にとっても地域の子どもたちと接点を持つきっかけになり、子どもたちにとっても、街の大人たちがどんな仕事をしているかを知るきっかけになる。「みらいハッ!ケンプロジェクト」により、地域の大人と子どもとがつながるきっかけが生まれそうです。
山本さんは、地域の大人と子どもとのつながりが生まれることは、キャリア教育の観点からも大切なことだと言います。
僕が関わっている学校で職場体験学習をしているんですけど、そのときに先生が生徒たちに話していた言葉がすごく印象に残っていて。
「君たちのうちの1割くらいは、今は存在しない仕事に就いているかもしれない。ではどういう子が新しい仕事に就くかといえば、やはりいろんなことに興味を持って、新しいことに触れに行ける子だと思う。新しいことにも興味を持って、実体験の場を持つということは、すごく大切なことなんだよ」とおっしゃっていたんですね。
たとえば、街で見たことがあるけど何をしているのか知らない店で仕事を体験してみる、楽しそうに仕事をしている大人たちと会ってみる。子どもたちが将来の選択肢を持つうえで大切なのは、そういう機会を得ることなんじゃないかなと思ってます。(山本)
(写真)山本さん
■思いを伝えて巻き込む、地域コーディネーターの役割
子どもたちに、特に、従来は体験にアクセスしづらかった子どもたちに体験機会を届けたい。共通の思いを持ちながら、自身の活動するフィールドや経験を活かして「みらいハッ!ケンプロジェクト」を推進している地域コーディネーターの皆さん。
そんな皆さんに、あらためて「地域コーディネーター」の役割とは何かを聞いてみました。
石黒さんは「地域コーディネーターとして、取り組みの背景にある趣旨を丁寧に説明できることが一番大きい」と言います。
ばーってチラシだけ配って参画してくださいではなく、こういう思いでやってるんです、(体験を)届けにくい方たちに届けたいからあなたに参画してほしいんです、みたいな。チラシや要項からは読み取れない思いをお伝えして、参画を促せるっていうのが大きい。
いわゆる啓蒙というか、障害や福祉に接点がなかった人たちでも、これを機に(障害や困難のある子どもや家庭に向けて)ひらけていくような。そういうコミュニケーションができるっていうのが、コーディネーターの役割なんじゃないかなと思うんですよね。(石黒)
石坂さんも、日頃の活動で接点のある支援員や相談員の方たちに「みらいハッ!ケンプロジェクト」の取り組みを説明する中で、取り組みの背景や思いをしっかり伝えることは重要だと感じたそうです。
「市からチラシが届いたよ、知ってるよ」とは皆さんおっしゃるんですけど、そこから一歩踏み込んで何のためにやっているのか、どんな子たちに届けていきたいのかをちゃんとお話しすることで「それは大事だよね、やった方がいいよね」と積極的に子どもたちに働きかけてくれるようになるんですね。(石坂)
体験が届きにくい子どもやご家庭と丁寧に向き合うことができるようになるのも、地域コーディネーターが介在する意味だと阿部さんは言います。
医療的ケアが必要なお子さんがいるご家庭にも連絡を取ったんですけど、お母さんたちからは「ケアの子にまで気持ちを向けてくれていることが嬉しいです」って言われました。
これまでなら、こういう施策があっても「うちは無理だな」って思っちゃうことの方が多いけど、そうやってコンタクトを取って一緒に何かできないか考えていただけることが嬉しいって。
こうした子どもやご家庭は多分、コーディネーターがいなければ取り残されてしまうので、そこに働きかけるのはすごく大事なところだと思います。(阿部)
市内のすべての小中学生を対象とした「みらいハッ!ケンプロジェクト」では、子どもたちひとり一人の多様な興味関心や置かれている状況に寄り添えるようにするためにも、受け皿となる多様な体験プログラムを用意することが欠かせません。
そのために、地域で活動する大人たちに思いを持って働きかけ参画を促していくことや、制度からこぼれ落ちてしまいがちな子どもやご家庭に目を配っていくことが、地域コーディネーターの大切な役割だと感じました。
昨年9月から今年1月までのトライアル事業としてスタートした「みらいハッ!ケンプロジェクト」は、2024年度より通年事業として本格的に動き出します。
次年度の事業開始に向け、引き続き長野市や地域コーディネーターの皆さんと連携しながら、子どもたちの体験を地域ぐるみで後押しするような事業を目指していきます。
(写真)地域コーディネーターの皆さんとCFCスタッフで
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